大阪地方裁判所 昭和48年(ヨ)2837号 決定 1974年7月04日
申請人 高松健治 外一名
被申請人 高木電気株式会社
主文
一、被申請人が昭和四八年九月一三日付で被申請人会社技術部電子機器課勤務の申請人高松健治に対してなした被申請人会社技術部工事課に勤務し、朝日通信工事株式会社に出向することを命ずる旨の意思表示の効力を仮に停止する。
二、被申請人が昭和四八年九月一三日付で被申請人会社技術部技術サービス課勤務の申請人小林寛司に対してなした被申請人会社技術部工事課に勤務し、朝日通信工事株式会社に出向することを命ずる旨の意思表示の効力を仮に停止する。
三、申請費用は被申請人の負担とする。
理由
一、申請人らは主文第一、二項同旨の仮処分命令を求め、被申請人は「本件申請を却下する。申請費用は申請人らの負担とする。」との裁判を求めた。
二、当事者間に争いのない事実および疎明資料によると、被申請人会社(以下単に会社ともいう)は、有線通信機器、宅内通信機器、フアツクス機器、電子応用機器等電気通信設備の販売、施工、保守を主たる業務内容とし、肩書地に本社を、神戸、尼崎に出張所を有すること、申請人高松は、昭和四五年九月二〇日会社に雇用され、以来、安立電気株式会社厚木工場に出向した昭和四五年九月から同年一二月までの期間を除いて、技術部電子機器課に所属し(但し昭和四六年三月から昭和四七年八月まで病気のため休職)、昭和四八年九月当時主に公害用テレメーターの修理、保守業務に従事していたこと、申請人小林は、昭和四七年九月四日会社に雇用され、以来技術部技術サービス課に所属し、昭和四八年九月当時電話機移転等の保守工事業務に従事していたこと、会社が同年九月一三日申請人らに対し同日付で技術部工事課に配転し、同時に朝日通信工事株式会社(以下朝日通信工事という)に出向を命ずる旨の各業務命令(以下本件配転および出向命令という)を発令したことが一応認められる。
三、本件出向命令について
申請人らは、会社の労働協約および就業規則には従業員の出向業務自体についての明文の規定は存しないから、申請人らの同意がない以上、本件出向命令は無効であると主張し、被申請人は、本件出向命令は、出向という名目を冠しているが、その実質は業務上の都合による「就業場所の変更」であり、会社就業規則一一条に基づく有効な命令であると主張するので、以下先ず本件出向命令の性質・効力について判断する。
(一) 一般に出向と総称される勤務形態には、その目的や出向元会社との身分上の関係その他において種々の類型のものが存するが、いわゆる移籍出向と称せられるものを除いては、通常労働者がその雇用関係によつて勤務している会社(出向元)の従業員としての身分を保有しながら、その会社と資本と業務面で緊密な関係のある関連会社(出向先)に転出して、その指揮命令下で労務を提供する形をとり、今日企業集団における人事異動の形態として重要な役割を担なうに至つていることは公知の事実である。
ところで、一般に使用者は労働契約に基づき労働者をその指揮命令下に置き、労働者の労働力を企業目的のために利用処分する権能を取得するものであるが、この権限はあくまで労働契約に定められた範囲にとどまるべきものであるところ、労働契約は、その目的たる給付の性質上、労働者と使用者との密接な人的関係を要素とするものであり、その意味では労働契約における労務給付は一身専属的性質を有するものとみるのが相当である。民法六二五条一項が使用者は労働者の承諾なしにはその権利を第三者に譲渡しえない旨規定しているのも労働契約における以上のような一身専属的性質を考慮しているからにほかならない。しかるに、出向と総称される勤務形態が労働契約に基づく通常の労務給付の形態と著しく異なり問題を内包するゆえんは、使用者が労働者に対し、その指揮命令下において、当該使用者のためにのみ労務の給付を求めうるという関係を超えて、第三者の指揮命令下において労務に服させることが労働契約における労働力の利用処分権の範囲を逸脱するものではないかという点にあると思われる。すなわち、いわゆる「出向」の法的意義は、労働者の労務提供の実態が労働契約上の使用者以外の第三者の指揮命令下で当該第三者の業務に就労するに至る場合がこれに該当し、そして、この意味での出向は、実質的には出向先会社との間の新たな雇用関係に入つて、その指揮命令に服することになるので、本来重要な労働条件の変更をもたらすものであり、当初の労働契約の予想する範囲を明らかに超えるものであるから、民法六二五条一項の規定に照らしても、使用者が出向を命ずるためには当該労働者の承諾もしくは労働契約等法律上正当な根拠を要するものといわなければならない。
(二) 疎明によると次のとおりの事実が一応認められる。
1 会社は創立以来主に有線通信機器および宅内通信機を営業品目としてきたが、通信機業界における技術革新の急速な進展に鑑み、それに対応した会社の発展を考えて、昭和四一年ころより新分野開発を目的として電子機器の研究開発を開始し、現在ではその営業品目がフアツクス機器、電送機器、放送移動無電機器、電子応用機器と拡大してきている。右の如き営業品目の拡大に伴い、成約した工事について技術部工事課が営業製品すべての取付施工を行ない、同電子機器課がフアツクス機器および電子応用機器の保守調整を同技術サービス課がその他の営業製品の保守を分担している。
2 会社の右営業品目中、宅内通信機器の主要製品であるボタン電話装置は、押ボタンの操作により多数台のボタン電話機相互の通話を可能にするいわば小型自動電話交換機を内包した電話装置であつて、中小企業の事業所を中心に近年需要が急増してきており、ボタン電話部門は会社の営業政策上重要かつ将来性のある部門である。ボタン電話の取付工事は日本電信電話公社(以下公社という)の直営工事と一般電話工事業者の自営工事に区分され、前者の場合は公社が電話利用者に電話機を貸与して一般電話工事業者に取付施工を請け負わせ、公社が自ら保守するが、後者の場合は電話工事業者が電話利用者に電話機を販売し、自ら取付施工および保守を行なう形態である。会社は自営工事のほかに昭和四三年以来公社のボタン電話の直営工事を請け負い、年々受注量が増加し、特に昭和四八年度は九月現在で請負額は約五、六〇〇万円に著増している。ところで会社はボタン電話の直営工事を受注するに際し公社との間に「工程の全部又は大部分を一括して第三者に請け負わせてはならない」旨の一括下請負の禁止条項を約定し、最少限下請業者の工事施工に対する監督者を選定し、かつ工事の一部は会社自ら施工することになつていた。しかるに、会社は従前その従業員をしてボタン電話の直営工事に従事させたことがなく、公社との約定に反して、ボタン電話工事の専業者である前記朝日通信工事に設置工事を一括下請させており、同業他者の多くも同様の工事方法をとつていた。そのため注文者である公社は被申請人会社らボタン電話の直営工事を請け負つている電話工事業者に対し右のような工事方法を請負契約条項に合致するよう改善することを要請していた。
3 被申請人会社の計画によれば、前記のごとく公社直営のボタン電話の設置工事について、公社からの工法改善の要請に基づき、会社内にボタン電話の直営工事班を設置するか、もしくは下請に対する工事監督者を養成することに決定し、早急に従業員に右ボタン電話直営工事の技術を修得させることとし、右方針に基づき、前記朝日通信工事に協力方を要請し、その応諾を得たので、右技術修得のため申請人両名を選考のうえ発令されたのが本件出向命令である。
4 朝日通信工事は、前記のとおりボタン電話の公社直営工事等の下請を主たる事業とし、被申請人会社とは元請・下請の関係にあるが、専属下請ではなく、被申請人会社とは資本、組織、人事、労働条件とも別個独立の企業であり、また同社内には被申請人会社の営業所等はない。
5 申請人両名の朝日通信工事における労働条件等および業務の具体的内容
(1) 身分、服務規律
申請人らは、会社の従業員である身分を保有したまま朝日通信工事において労務を提供し、また就業規則一三条により会社外業務に従事する場合に適用されることになつている休職措置も本件の場合適用されない。労働条件のうち賃金については後記のとおり会社が負担するが、朝日通信工事の指示を受けて労務を給付する関係上その他の労働条件、服務規律は原則として朝日通信工事の就業規則が適用される。
(2) 労働条件
申請人らは、朝日通信工事の勤務時間の定めに従つて、午前八時から午後五時(休憩時間一時間)まで勤務することになるが、被申請人会社の勤務時間は午前八時四五分から午後五時(休憩時間四五分)まであるから、一日につき、四五分間拘束時間が延長される結果になる。なお、右延長時間の勤務については被申請人会社において申請人らに対し時間外勤務手当を支給することになつている。休日、休暇についても朝日通信工事の規準に従うが、これによれば土曜日は毎週午後五時まで勤務しなければならなくなり、従来被申請人会社において土曜日が隔週休日とされていることと差異を生ずる。なお、右の差についても前同様の手当が支給される。年次有給休暇の取扱の予定は定かでない。申請人らに対する勤怠管理は朝日通信工事が行なう。但し申請人らに対する賃金は従前同様に被申請人会社が支払い、申請人らは従前の賃金のほかに前記の時間外勤務手当、朝日通信工事への通勤のため余分に要した通勤交通費を支給されることになつている。
(3) 出向期間
被申請人会社の計画によれば、申請人らが朝日通信工事において技術研修に従事する期間は一応六ケ月間と予定されているが、技術研修の実効度次第で短縮あるいは伸長されることになつているので、実際上出向期間については確たる定めがないといえる。
(4) 業務の具体的内容
被申請人会社の計画によれば、会社が申請人らに対し朝日通信工事において技術研修より習熟させたいと考えている業務内容の大要は、対人折衝方法、直営工事方法および個々的作業である。対人折衝方法の習熟作業の内容は公社直営のボタン電話設置工事に先立ち公社から関係書類を受領し、説明を受け、また電話取付作業中常時公社と連絡をとつて指示を受け、あるいは電話利用者の設計変更等の要求に対して公社と折衝する作業である。直営工事方法の習熟作業の内容は公社直営のボタン電話設置の場合前記自営工事と異なり公社作成の設計書、工事仕様書等により細密に取付作業を行なわなければ施工検査に合格しないので、申請人らは右公社直営工事方法を修得し、また取付工事の監督もできるよう研修することである。さらに、個々的作業の習熟内容は右のとおり直営工事の工法を修得したのち、個々の具体的作業を能率的、効率的に遂行できる実際的技術を修得することである。朝日通信工事における申請人らの日々の業務については朝日通信工事においてその請負業務の中から自主的に決定し、申請人らは実際上朝日通信工事の業務の中に組み込まれ、その従業員と一体となり、朝日通信工事の指揮命令の下で就労しながら技術を修得することになり、被申請人会社は右過程に直接関与することはない。右業務のほか、申請人らは日々の作業状況を記載した作業日報を作成して定期的に被申請人会社に提出し、会社はこれにより申請人らの技術研修業務の内容を掌握することになる。
(5) 組合活動
申請人らは、会社従業員中二七名で組織する総評全国一般大阪地連高木電気労働組合(昭和四八年四月一七日結成)の組合員であり、申請人高松は執行委員(組織部長)、同小林は職場委員に選出され、積極的に活動しており、申請人らが朝日通信工事を就労場所として労務を提供するとなれば、右組合活動に大きな支障を生じ、組合員としての地位も不安定になることが予想される。ところで、被申請人会社の計画によれば、申請人らが組合活動のため朝日通信工事の業務を早退する旨会社に事前に連絡すれば、被申請人会社において朝日通信工事に了解を求め、早退できるよう配慮するというのであるが、他面、朝日通信工事の業務上の都合により早退の許否が決定されるということであるので、実際上申請人らが従事する当該日のボタン電話直営工事が終業時間まで継続する場合等には組合活動を理由とする早退は困難になると予想される。
(三) 以上の事実関係を前提にして、本件出向命令の性質、すなわち、右命令が実質的にも前に述べた意味におけるいわゆる出向命令に該当するか否かについて検討する。
1 労務提供先の所在
(1) 被申請人は、いわゆる出向の意義について労務提供の受益者ならびに労務指揮権の所在の観点から考察し、先ず、労務提供先について申請人らが朝日通信工事においてボタン電話の工事技術を修得することは、労務提供の時点においては被申請人会社に利益をもたらさないとしても、将来は会社に有形無形の利益をもたらすものであるから、右技術修得は被申請人会社に対する労務の提供ということができ、それゆえに、会社は、申請人らを従前どおり被申請人会社の従業員として取り扱い、休職措置もとらず、賃金も被申請人会社から支給される旨主張する。なるほど、前記のとおり、ボタン電話装置が会社の主要な営業品目であり、同部門の体制を強化することは会社にとつて重要な課題であること、会社が公社直営のボタン電話設置工事について従前どおり直営工事班も監督者もなく、一括下請を継続することは公社との請負契約の約定に違反するものであることが自明であり、会社がボタン電話の直営工事班を設置して積極的に同部門を強化すること自体は、それが契約上の責任であるとの自覚に立つと同時に、これによつて公社および需要者の要望に応え、その信頼を獲得し、もつて自社製品の販路拡大、同業他社との企業競争の有利な展開を図ること、すなわち被申請人会社自身の利益を目的としたものと推測し得なくもない。それゆえに、申請人らが朝日通信工事においてボタン電話の直営工事の技術を修得することは、被申請人会社の右企業利益上の要請から従来の下請依存の工事体制に改革を加えるため、朝日通信工事で右技術を修得する方法により、右企業目的を遂行しようとするものであつて、広義においては、その限度で従来の会社の業務体制が変容を受けたに過ぎず、申請人らの提供する労務が従来の会社の業務から除外されて、新たに朝日通信工事の業務に繰り入れられたものとはいい難いもの、すなわち、単に会社の業務の範囲内で配置転換の一形態である「就業場所の変更」をしたにとどまるとの見方もあり得よう。
(2) しかし、一般に出向の名で呼称される勤務形態は企業によつて千差万別であり、その目的機能も人事支配技術指導および監督、技術提携、作業応援、人材の育成ないし従業員の能力開発等種々に区分され、その名称も派遣、駐在、転出、社外勤務とも呼ばれる場合があることは社会的に顕著な事実であるが、前に述べた意味における出向の意義は本来一義的なもので、同一企業内の人事異動である配転とは基本的に異質のものであるから、労務提供先の所在に関する判断にあたつては、民法六二五条一項の趣旨に基づき、労働者の立場をも含めて実質的にこれを考察すべきであつて、企業側の事情のみからこれを判断するのは相当でない。被申請人が前記のとおり主として会社側の事情から本件出向命令の究極の目的ないし労務提供の効果に重点をおいて労務提供の受益者を決定し、労務提供先の所在になんら変更がないというのは、本来一義的であるべき出向の概念を相対化し、配転との差異を著しく曖昧にするもので、出向制度本来の趣旨をあやまる虞れがある(およそ労働者が当該使用者以外の第三者の指揮命令下で労務を提供することが当該使用者のために無利益という事例は稀有に属するであろう)。したがつて、本件出向命令による労務提供先の所在は申請人らの朝日通信工事における労務提供の実態すなわちその具体的内実に基づいて決定されるのが相当である。そうだとすれば、前記のとおり、朝日通信工事は、従来からボタン電話の直営工事業者として被申請人会社に存しない十分な人的物的設備を保有し、被申請人会社とは資本、人事、営業場所、就業規則、労働条件を異にし、実質的にも支配従属関係になく、独自に営利を追求する別個独立の企業であること、申請人らは、本件出向命令により一定期間技術等の修得に従事するとはいうものの、単に特定の研究機関へ派遣されて技術を修得するような純粋の研修とは異なり、実際上右のような企業組織である朝日通信工事の業務の中に組み込まれ、その従業員と一体となり、後記のとおり日々同社の指揮命令下でその主たる事業であるボタン電話直営工事に従事しつつその技術を新しく修得するものであることなどからすれば、申請人らが朝日通信工事で具体的に行なう業務は客観的にはまさに朝日通信工事の業務であつて、同社に労務を提供しているものであり、少くとも直接的には被申請人会社の被申請人会社のための業務ではないといわなければならない。もとより、前記のとおり申請人らが朝日通信工事において労務を提供することが間接的には元請会社である被申請人会社に将来利益をもたらすことは右労務の性質上当然であろうが、これは朝日通信工事に対する労務提供の一種の反射的利益というを妨げず、労務提供先の所在を判断する決定的要因となるものではない。被申請人会社が、前記のとおり本件出向命令後も申請人らを従前どおり会社の従業員として取り扱い、休職措置もとらず、給与および出向に伴う時間差補償を支給する事情も右反射的利益を認める限度で理解されるべきものと認めるのが相当である。
2 労務指揮権の所在
(1) 次に、被申請人は、申請人らに対する労務指揮権の主体について、被申請人会社は朝日通信工事に対し申請人らにボタン電話工事実技を教えるよう依頼したが、右実技修得のためには実地に作業する以外に方策がないので、右実技指導の依頼はその限度でのみ朝日通信工事に対し申請人らに対する労務指揮監督権行使の委任を内包するにすぎず、朝日通信工事の労務指揮権は右実技指導の範囲内に限定されるのであり、雇用契約に基づく労務指揮権は依然被申請人会社に残存している旨主張する。被申請人の右主張の論旨はやや明確を欠くが、雇用契約において労務の提供を受ける使用者の権利の譲渡を制限する民法六二五条一項の趣旨からすれば、名は出向であつても、使用者と労働者との労働契約がそのまま継続し、労務指揮権もまた依然使用者のもとに残存しているような場合には、実質的には労働者の勤務場所等の変更にすぎないものとして、配転と同視すべきものと解しうる余地があろう。そして労働者は労働契約により使用者の労務指揮権のもとに所定の労務を提供する関係に立つものであるから、労務指揮権の範囲は即労働義務の範囲であり、したがつて、本件出向の形態において、使用者に労務指揮権が残存しているか否かについては労働者の提供する労務の実態に即して判断されねばならず、かつその労務指揮権は当然に実質的なものでなければならない。
(2) そこで、本件出向後申請人らに対する労務指揮権が被申請人会社にあるか、あるいは朝日通信工事にあるかを業務の実態に即して検討してみるに、前記のとおり、被申請人会社は右出向後も申請人らを従前どおり従業員として取り扱い、休職措置もとらず、給与はもとより時間差補償を会社の関係規程に従つて支給するものであること、朝日通信工事における職務遂行と直結しない服務規律については被申請人会社の就業規則が適用される余地があると解されること、および申請人らは朝日通信工事における日々の業務の具体的内容について作業日報を作成し、会社に定期的に提出する予定になつていることなどからすると、会社は本件出向を命じた後も依然申請人らに対する労務指揮権を有していると見うる余地がないでもない。
しかしながら、前記認定事実ならびに疎明によると、朝日通信工事は被申請人会社とは組織上実質的な支配従属関係になく、その営業および労務管理等はすべて独自の方針に則つて行なわれていること、申請人らは朝日通信工事における日常業務の処理に当たり、すべて同社の職制の指示に従い、かつ、同社の上司の指揮命令を受け、同社の作業衣、工具を使用して同社の業務に従事し、被申請人会社は申請人らに対する業務の指示、伝達に関与しないこと、申請人らは右のとおり本件出向により朝日通信工事の労務を提供する関係上実際的には同社の従業員として職務遂行上必要な範囲で同社の就業規則の適用を受けることになること、申請人らの勤怠管理は朝日通信工事の統制に服し、勤務時間ならびに休日、休暇の基準も同社の定めるところにより、組合活動を理由とする早退の許可も同社の業務上の都合に重点をおいて決定されること、および出向先である朝日通信工事から被申請人会社への申請人らの復帰の件については、就業規則等を通じてなんらの規定もおかれておらず、本件出向命令に際しても申請人らの復帰時期につき明確な指示がなされず、右時期は全く被申請人会社の裁量にかかり、かつ出向後の昇給、昇格その他の労働条件についても制度上の保障が欠缺していることが認められる。
以上の事実によれば、本件出向の場合、申請人らと被申請人会社の間に従前どおり雇用関係が継続しているとはいえ、右雇用契約に基づく被申請人会社の労務指揮権は単に形式的な残滓にすぎず、右出向命令により申請人らに対する労務指揮権は実質的には出向先である朝日通信工事に移転し、現実にも申請人らは同社の指揮命令によつて業務を遂行することになるものとみるのが相当である。
3 以上の認定を総合して考えると、本件出向命令は申請人らに対し、朝日通信工事の指揮命令下で同社に労務を提供し、同社の業務に就労することを命じたものというべきであるから、右労務の提供は実質的にも前に述べた意味における「出向」に該当するものと認められ、単なる配置転換としての「就業場所の変更」とみることはできない。
(四) そして、前記説示のとおり、被申請人会社は申請人らの同意または労働協約の規定等の法律上の根拠なくして一方的に申請人らを朝日通信工事に出向させることはできないものである。
疎明によると、申請人らは昭和四八年九月一三日本件出向命令を受けた際一応辞令の交付を受けたが、右出向命令に納得したわけではなく、即日前記高木電気労働組合の執行委員会の検討に委ねたうえ、執行委員会の決議に基づき、出向に伴う労働条件、選考経過、および組合活動の保障等が不明確であるので本件出向命令を承諾できないとの態度を決定し、翌一四日会社側に右辞令を返却したこと、組合は同月一四、一七日の二回にわたり会社に対し発令の延期を求めたうえ、本件出向に関する団体交渉を申入れたが、会社がこれを拒否したため、申請人らは右出向命令の効力を裁判で争うことを決意し、同月一九日当庁に本件仮処分を申請し、以来右出向命令に応じる義務はないとの見解を維持し、出向先での業務にも服していないことが認められ、乙第一一号証の一(岡井一男の審尋調書)、同第一二号証の二(高木隆二の審尋調書)中申請人らが一旦本件出向命令に同意した旨の部分は措信できず、他に右同意を認めるに足る証拠はないことからすると、申請人らが本件出向命令に同意した事実を認めることはできない。
その他本件出向命令を法律上根拠づける労働協約就業規則等が存する旨の主張ならびに疎明はない。
(五) そうだとすれば、本件出向命令は、被申請人会社においてこれを発しうべき権限もなければ、また申請人らの同意を欠くものであるから、その他の点について判断するまでもなく、その効力を認めることができないというべきである。
四、本件配転命令について
(一) 疎明によると、会社就業規則一一条には「会社は業務の都合で従業員に就業の場所および従事する業務の変更を命ずることがある」と規定されていること、申請人らと被申請人会社間の労働契約において勤務場所、職種および労務提供の具体的内容等が明確に合意の対象とされてはいなかつたことが認められ、右労働契約に基づく労働の種類、場所の特定につき他の特段の反証のない本件においては、申請人らと会社間の労働契約においては、申請人らが提供する労働の場所、職種などの特定および変更について、会社にこれを委ねており、会社は業務上の必要性があるかぎり労働の場所の変更、職種の変更を命ずることができ、申請人らはその命令に従う義務があるものといわなければならない。
しかるに、本件配転命令は前記のとおり申請人らを会社の技術部電子機器課あるいは技術サービス課から同工事課勤務を命ずるものであるが、疎明によると、本件配転命令は、申請人らが本件出向命令に従つて朝日通信工事において就労する義務があり、出向解除後工事課でボタン電話の直営工事に従事することを業務上の都合とし、右出向命令の有効を前提としていることが認められるところ、前認定のとおり本件出向命令が無効である以上、会社のなした本件配転命令は業務上の必要性を全く欠くものといわざるをえないから、結局右命令は人事権の濫用に該当し、法的効果を生じないものというべきである。
五、保全の必要性
そうすると、申請人高松はなお未だ会社技術部電子機器課勤務、申請人小林は同じく会社技術部技術サービス課勤務の従業員であるというべきところ、疎明によると、申請人らは現在本件配転および出向命令に異議を留保し、本件仮処分で係争しつつ一応右配転命令に応じて工事課へ就業場所を変更しているが、右配転命令により労働の場所について当事者間に争いがあり、その不確定のため、業務としては当面主としてボタン電話に関する専門書を読むことを会社から命ぜられているにとどまり、最近は会社業務の応援にも従事しているが日々の仕事内容は一定していないこと、申請人らが本件出向命令に従つて朝日通信工事に出向するとなれば労務指揮権行使主体の変更、勤務時間の延長等労働条件に不利益をこうむり、また高木電気労働組合における組合役員としての組合活動がほとんど不能もしくは著しく困難となり、組合にとつてもその運営に支障を生じ、そのため申請人らは精神的にも身体的にも多大の苦痛、不利益を余儀なくされることが認められ、一方、申請人らが本件配転および出向命令にあくまで従わないときは、会社は申請人らに対し解雇等の懲戒処分をするのであろうことが一応推認されるので、本案判決の確定を待つていては申請人らが回復し難い損害をこうむる虞れのあることが疎明され、そのため、本案判決確定に至るまで、本件配転および出向命令の効力を仮に停止する必要性があるということができる。
六、結論
以上の次第で、申請人らの本件仮処分申請はいずれも理由があるから、保証を立てさせないで、これを認容することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 藤田清臣)